第5話 こうしてはじまる物語
「とりあえず、名前はわかったな。シュライク」
「……そうだね」
騒ぎすぎてぐったりした僕は、カナエの言葉にため息を吐く。
「長い名前だからシュラでいいよ。カナエ」
「わかった」
疲れ切った僕の言葉にカナエは頷いた。
「しかし、まさか人間じゃ無かったなんて、ほんとうに予想外だよ……」
「俺には精霊が自分を人間と思い込んでいたところが予想外だったがな」
カナエは呆れたように僕を見た。
「そういわれても……僕は精霊というものがどんな物なのか知らないし」
「自分のことなのにか?」
「うん」
自分の事なのに何もわからないというのは、結構辛い物なのだなと大きく息を吐き出す。
「ねえ、カナエ」
「なんだ」
「精霊のこと、教えてくれない?」
「……たいしたことは教えられないぞ」
「いいよ。なにもわからないよりはマシだから」
「……」
カナエは静かに僕を見つめる。そして、少し躊躇うように話し始めた。
「人間にとっての精霊は、言わば世界の意思の欠片だと言われている。精霊には、善も無く、悪も無く、個さえ曖昧で、ただひたすらに世の観測者でありつづけ、そして求める者の呼び声に答えるモノだと。」
「求める者の声?」
「この世界における魔法のほとんどは全て精霊によって引き起こされているとされている。契約と詠唱によって、精霊の力を現出させているのだと。契約と詠唱こそ、精霊に唯一呼びかけることができる手段だ。この手段が求める者の声だと言われているな。」
「……」
「だけど、シュラ。お前は違う。お前は人という種族に似過ぎている。通常、個が希薄な精霊に、喜怒哀楽があるというのは……」
「……おかしい?」
僕がカナエに尋ねると、カナエは肯定するかのように目を伏せた。
「そっか」
「あと、触れられる肉体を持っているというのも、おかしな話なんだ。精霊は普通は目に見えず触れることもできないものだから」
「うん」
そうか。僕は異質なのか。そう思うと心が沈んだ。
このなんとも言えない気持ちも、きっと精霊としてはおかしいのだろう。
では、この僕という個は一体なんなのだろう? がらんどうの記憶が胸をしめつける。世界でひとりぼっちになったかのような気分だ。
僕はうつむき唇を噛みしめた。しばらくすると、カナエが僕を呼んだ。
「シュラ」
カナエの声がする。
「シュラ、勘違いするな。これは一般論なだけだ。世界中を探せば、お前のような精霊も存在するのかも知れない。一時の感情に左右されるな。」
僕は俯いていた顔をあげるとカナエがこちらを真摯に見つめていた。
「――おまえは、おまえだ」
「……うん」
カナエは言葉を選ぶように僕を励ます。だから、僕は笑うことにした。平気だよ。大丈夫って気持ちを込めて。
だって、カナエは無表情だったけれど、僕よりももっと痛そうな顔をしていたから。
僕にはカナエの考えていることはわからない。けれど、僕を真剣に心配してくれていると僕は感じた。
なら、それだけでいい。たとえ僕が異端だったとしても。
「わかった」
僕がそういうと、カナエは安心したように息をついた。
「だけど、どうしようか? 僕がそんなに『珍しい精霊』なら、他の人に珍獣として扱われそう……」
気を取り直して、すこし冗談めかすように僕はカナエにそう言った。
するとカナエは考え込んだ様子でしばらく黙る。
「珍獣扱い……で済めばいいが。正直、他の人間にシュラの事を知られるとやっかいなことになるかも知れない」
「具体的には」
「良くて軟禁。悪くて――」
「あ、いいです。言わなくて。想像するのが怖い」
「賢明だな」
僕は他の人に捕まった未来を思い描くと身震いした。実験動物扱いとかされたらどうしよう。ほんとに。
「じゃあ、僕はあまり人に会わないほうがいいんだね?」
「まあ、極端に言えばそうかもしれないが、多少は会ってもかまわないと思う。要は精霊と気づかれなければいいんだ」
「でも、万が一ばれたらどうしよう」
「そうだな……」
カナエはすこし考えるそぶりを見せる。そして、
「怪しまれないぐらいに、この世の中の常識を勉強して。もしも捕まっても、逃げられるよう鍛えればいいんじゃないか?」
と、結論を出した。
「幸い、この近くには中規模の町がある。普段は拠点としてここで常識を学んだり、鍛えたり、生活をして、必要になれば町に移動したり、旅に出ればいい。この森はすこし特殊だからな。人も滅多に近づかないだろう……」
「僕はなにがなんだかさっぱりだから、カナエに任せるよ」
そして、僕らのある意味単調で、おかしな生活は幕をあけることになるのだ。
第4話 困惑
「そういえば。さっきのお前の名前がわからない件だが……。わかるかもしれない」
カナエがそんなことを言い出したのは、僕が気恥ずかしさから回復してからだった。
「え?」
「さっき身を清めていた時に気が付いた。ステータスを見れば、わかるんじゃないかと思う」
「ステータス?」
僕は聞き覚えのない言葉に首をかしげる。
「……そこもおぼえていないんだな」
「――ごめん」
どうやら、僕は一般知識でさえ抜けているらしい。カナエの口調からして、ステータスは一般常識の範囲にある知識みたいだ。
「いや、お前が悪いわけじゃない」
カナエが首を振ると、僕の方を見た。
「お前には命を助けてもらった恩がある。ずっととは言えないかも知れないが、俺のできうる限りは側に居て、お前を守ろう。足りない知識も俺が教える」
「へ? え? ち、ちょっとまって! そこまでしてもらうなんて……」
「じゃあ、お前はこの状況下、放り出されて生きていける自信はあるか?」
僕は言葉に詰まった。自信がなかったからだ。
「俺もみすみす、恩人を死なせたくはない。俺はお前に会う前、死にかけたあの時、命を諦めていた。それに……俺に戻るところはもうない。諦めていたところをお前に拾われた。――だから、お前の傍にいようと思う。だめか?」
「……いや、だめじゃないけど……。」
「なら、決まりだ」
かなり強引に話がまとまったような気がする。けど、カナエが行くところが無いっていうなら、側に居ても……いいのか?
僕はすこし、途惑いつつカナエを見るが、カナエの表情は無表情のままだ。
なんというか、喜怒哀楽が乏しいのかな? カナエって。
そう思いつつ、一般常識ですらあやしい僕にとっては願ったり叶ったりの申し出だったので、こくりと頷いた。
「じゃあステータスの話からだ」
気を取り直して、カナエは僕に説明を始めた。
「ステータスとは、簡単に説明すると、個人に刻まれた、その個人の詳細な情報の塊のことだ。これは個人個人でそれぞれ能力値や種族、職業の違いがあり、これによってこの世界では身分が証明されるように出来ている。尚、『ステータスオープン』と心の中か声に出して唱えることで、自分の情報が自分にのみ開示される。ちなみにこの情報を他人にみせようとするならば、『ステータスフルオープン』と開示するという意識をのせつつ、声に出して唱えなければならない。……ここまではいいか?」
「うん」
「だが、これらの呪文による情報開示は非常に危険な側面を持っているんだ。だから、通常は……そうだな実際に見た方が早いな」
カナエはそういうと、懐から、薄い手のひらサイズの透明な板を取り出した。
「これは、データクリスタルというものだ。このデータクリスタルに、然るべきところで、開示しても問題にならないステータスの写しを登録することができる。だから、通常は、このデータクリスタルで身分や能力、種族を証明することができるようになっている」
そう言うと、カナエは僕を見た。
「それで、お前はこのデータクリスタルに見覚えはあるか?」
「ない」
「そうか。なら仕方が無いな。データクリスタルをもっていないなら。『ステータスオープン』しか方法が無いだろう。本当は、あまり使わない方がいいんだが……」
「どうして?」
「『ステータスオープン』は、通常は自分にしか見えないものなんだが、特定のスキルを持っているものには丸見えになる。もし、悪人に見られでもしたら目も当てられない状況になるんだ」
そこまで、一気にカナエは話すと、ため息を吐いた。どうやら、カナエは僕が『ステータスオープン』を唱えるのを躊躇っているようだ。僕は首をかしげる。
「で、どうして、今、あまり使わない方が良いの? カナエしかいないのに」
「――正直に話そう。俺はその特定のスキルを持っている。……だから――」
僕はもう一度首をかしげて、カナエを見て言った。
「カナエは僕のステータスを悪用するの?」
「するわけがない」
即答だ。
「なら、いいじゃないか。心配することはないよ」
「……だが。――すこしは警戒しろ」
「したって意味がない。大体、個人の情報と言われても、僕は覚えていないから、もしかしたら開示された情報も理解出来ないかも知れない。だったら、僕はカナエがいてラッキーだったね。その上、スキル?で同じものが見られるんだから、説明してもらえるだろうし」
「――」
「ま。もし、カナエが僕の情報を悪用するなら、それは僕のカナエをみる目がなかったってことで自業自得ってことだよ。カナエが気にすることは無い」
「……お前」
カナエの変わらなかった表情がすこし驚いているように見えた。だから、
「僕はカナエを信じるよ」
僕はそう言って笑った。
「精神を集中して、唱えるだけだ。雑念は捨てろよ。情報がよくわからなくなる」
僕は今、初の『ステータスオープン』の挑戦に緊張していた。
カナエのアドバイスをしっかり聞いて、精神を集中させていく。
「わかった。じゃあいくよ」
『ステータスオープン』
呪文を唱えた瞬間、浮遊感に襲われる。
すると、眼前にブルーの透明な背景が現れ、その上に金色の文字が書き込まれていく。
そうして、浮遊感がおさまると、文字が書き込まれるのも止まった。
―――――――――――――――――――
名:シュライク 性別:男性
種族:精霊 年齢:0歳(0ヶ月)
傾向:混沌/善
属性:無属性
職業:―――
状態:封印 現出
体力:C
魔力:S
筋力:S
守備:C
精神:A
俊敏:A
幸運:D
職業スキル
~封印~
身体スキル
~封印~
個人スキル
~封印~
―――――――――――――――――――
「「……」」
僕たち2人はあまりの予想外の結果に呆然としてしまった。
「――え? え!? ……僕ってもしかして記憶が無いわけじゃなくて生まれたてだったってこと? ていうか、精霊? 人じゃ無くて、精霊!?」
「ま、まて。落ち着け……」
「カナエ! 僕、人じゃ無かったの!? ていうか、封印って何!? 現出って??」
「落ち着け!」
「無理! 落ち着いてられるかぁ!!!」
パニックに陥った僕が洞くつのなかで叫んだのも、仕方の無いことだと思いたい。
第三話 はじめまして
「……これは、おまえのものか?」
彼が僕を見て発した第一声はそんな言葉だった。
彼の手には僕の黒のコートが握られている。
僕は素直に頷いた。
「そうだよ」
「――そう、か」
彼は僕のコートに目を向けるとぼつりと呟いた。
「この場合、なんと言ったらいいんだろうな。……『ありがとう』が正しいんだろうか?」
すこし彼は途惑うように、目を彷徨わせると、こちらを見た。
「すまない。俺の置かれてた環境は少し特殊だったから、一般的にどのような反応をすればいいのか、わからないんだ」
「そうなんだ……」
そういわれても、こちらもただいま絶賛記憶喪失中だから、一般常識なんてあるはずもない。
でも、僕は彼にそう言ってもらえて嬉しかった。
だから、
「たぶん、その反応であっていると思うよ」
と、言って微笑んだのだった。
何度か洞くつを出入りして、集めた枯れ枝を積み重ねて、ふと、僕は火をつける道具を持っていない事に気が付いた。
「あ、……どうしよう。火をおこせない」
すると、彼は起き上がり、僕の隣まで来ると、『小さな灯火を与えよ トーチ』
と囁くように呪文を唱えて、小さな炎を手のひらに灯した。
そして、そっと枯れ枝のほうに炎を誘導して、枯れ枝に炎を灯した。
「ありがとう」
その様子を見ていた僕がお礼を彼に言う。すると彼は、
「たいしたことはしていない」
といって、その場に座った。
僕も彼の隣へと腰掛ける。
「ねえ、君、名前は?」
僕は彼に問う。
「……カナエ」
彼は……カナエはぽつりとこぼすように答えた。
そして、僕に問い返す。
「おまえは?」
「僕……僕は――」
そういえば僕は自分の名前すらわからないのだった。どう答えたらいいのだろうと、僕は躊躇う。
「言えない事情があるのか?」
途惑う僕にカナエは感づいたのか、そう問うてきた。
「そんなことはないんだ。ただ――」
カナエの様子はまるでなんてことの無い世話話をするようだった。
だから僕は、素直に今の状況を答えることにした。
「僕……記憶が無いんだ」
「……」
「今日の朝ぐらいかな。目が覚めたら、知らない場所にいて、僕自身のことも思い出せなくて……」
「そうか」
「草原で目が覚めたんだけど、何も思い出せなかったから、とりあえず森に向かって歩いていたんだ」
そして、今に至るまでの事情を淡々と彼に話した。
その間、彼は表情を動かすこと無く、たまに相づちを打ちながら僕の話を聞いていた。
僕が話し終わると、彼は僕の目を見て言った。
「事情はわかった。全く記憶が無いんだな。――そんな中、俺を助けてくれて、ありがとう」
彼の表情は変わらなかったけど、感謝の気持ちがまっすぐ僕に向かっているのがわかった。
僕は、どうしてだか、彼の言葉にすごく安心して。なんだか、涙が出そうになった。記憶がないせいで情緒不安定なのかもしれない。そして、――彼を、カナエを助けて良かったと心から思うことが出来た。
「あ、そうだ。火もおこす事が出来たし、君……カナエって呼んでも良いかな? 血だらけだから、身を清めてきなよ。この洞くつの奥にわき水があるんだ」
「そうなのか。ああ、その呼び方でかまわない」
「でも、沐浴はしないでね。今は非常時だし、カナエもまだ体力も完全に回復してないだろうし」
「わかった。そういえば、コートを少し汚した。すまない」
「ああ、気にしないで。黒だから少しぐらいわかんないと思うし」
頭から血をかぶったようなカナエに、僕は身を清める事を勧めると僕自身はたき火の番をすることにした。
しばらくすると、カナエが帰ってきた。
そして、帰ってきたカナエに驚いた。
なんというか。あからさまに彼は美少年なのだ。
血で黒く固まっていた髪は、本来の色を取り戻して、柔らかそうな短い麻の髪に。シャープな頬の輪郭と新緑の切れ長の目が涼しげだ。耳には小さな赤い宝石のようなピアスをしている。
一見ほっそりとした体は、よく見るとかなりしっかりしていて、しなやかな野生の狼のような印象を受けた。
なんというか……羨ましいほど格好いい。
そして、身につけていた鎧も布で拭いたのか、白銀に輝いている。
まるで物語に出てくる聖騎士様を幼くしたかのような出で立ちに、僕はぽかんと空いた口が塞がらなかった。
「どうした?」
カナエが僕に問う。
「イヤ、ナンデモナイ」
微かに男としてのジェラシーを感じずにはいられなかったのは、仕方が無いのかも知れない。
「?」
一方、僕の容姿は、未だに確認していないが、さすがにカナエレベルの容姿は期待できないだろう。
僕は自分の髪の色を引っ張って確認する。黒か……。
カナエは僕の奇行を不思議に思ったのだろう。
「なにをしてるんだ?」
と聞いてきた。
「何って、まだ、自分の顔とか髪とか確認してなかったから、確認しているんだよ」
「ああ、なるほど」
カナエは僕の隣に遠慮無く腰掛けると僕の顔を見た。
「髪は、夜の色みたいな黒だな。あと、短いが毛先が長い。瞳は赤だ。すこし珍しい色合いかも知れない。あと肌は色白とまではいかないが、……普通より白いな」
たたみかけるようにカナエは僕に告げるとなおも僕を観察する。
「顔立ちは……整っているんじゃないか? ただ、目立つタイプじゃないな。体つきはひょろいわけじゃないが細いな」
そこまで言うとカナエは、頷いた。
「以上が、おまえの見た目だ」
そこまで細かく観察して言われると、急に僕は気恥ずかしくなってきた。
自分で気になっていたことだが、他人から言われるとなんだかもどかしい。
「あ、アリガトウ……」
言葉がおもわず、片言になるのも仕方なかった。
第二話 出会い
僕は思わず少年に駆け寄った。
「ひどい傷……」
少年はもう虫の息と言ってもいい。
髪は赤黒い血で固まり、顔も自分の血なのか返り血なのかはわからないが、すっかりまだら模様になっている。
なによりもひどいのが、血で汚れた白銀?の鎧の腕や腹の関節部分に突き刺さったままの無骨な小ぶりの剣だ。
「どうしよう」
このままだと、あと数分……もしかしたら数十秒で彼は死んでしまうだろう。
初めて身近に感じた濃厚な死の香りが、ここには充満してる。
かといって、自分では何も出来ない。なんの対処もできない。そんな現実に頭痛がした。
今の自分では、彼を看取ることしかできない。
だが、―――本当に? 本当に自分ではどうすることも出来ないのか?
そう思ったときだった。不意に右の腕輪が熱を持つように熱くなったのだ。
「っ……!」
そうだ。僕はこの感覚を知っている。まるで、誘われるように唇を動かした。
『慈愛の光よ 我らを救い給え。 今一度奇跡を満たせ――セラフィムブレス』
地面に魔法陣のようなものが浮かび上がり、幻想的な白い光に少年が包まれる。
僕はそこで我に返った、そして先ほどの呪文の効果を思い出した僕は、慌てて少年に今も突き刺さる2本の剣に手を添えた。
「ごめんね。これだと治療できないから……すこし我慢して」
そして、僕は力一杯、少年に刺さった剣を一本ずつ引き抜いたのだった。
剣を引き抜く衝撃に少年は耐えるような声をだしながら、しかし次第に落ち着いた呼吸に戻っていく。
少年は剣を抜いた衝撃からか、すこし意識が戻ってきたようだ。すこし焦点のあわない目が僕を捉えると、少年は呟いた。
「……おまえは?」
「今は喋らないで。自分の体を治すことに専念するんだ」
少年がこちらの意図を理解したのか、軽く頷くとまた意識が沈み、眠りについたようだった。
僕はほっと安堵のため息を吐く。先ほどの呪文は体は癒やせても、体の異物を取ることはできないのだ。だから、どうしても刺さった小ぶりの剣をどうにかしなければならなかったのだが、どうにかこうにかうまくいって良かったと安心する。
それと同時に、不安が募るのを隠すことが出来なかった。
僕はどうして、あんな瀕死の人間を治すような呪文を知っていたのだろうか?
大きく破損した記憶に不安を持ちつつ、このままでは血の臭いに獣が集まってくかもしれないと思い、少年に肩を貸しながら引きずるようにして、その場を後にした。
森の奥の方へ彼を運ぶ。
さすがに、自分よりすこし背の高い少年を引きずるのは骨が折れる。そして意識がない分、すごく重たい。そろそろ、自分の体力が心配になってきたが、とりあえず安心して身を隠せる場所が無ければ、共倒れになるなと頭の中で呟いた。
すると、また開けた広場のような場所に出た。
正面には切り立った崖とその崖に出来た小さな洞くつが見える。
僕は少し迷った。この洞くつに身を隠すのは悪くないが、洞くつに『先客』がいる可能性がある。けれども、このまま彼を引きずり歩いてもお互い体力の無駄だ。
僕は、とりあえず彼を一度近くの草むらに隠して、洞くつを調べることにした。
洞くつの中は薄暗く。奥がよく見えない。明かりがほしいけど、今は贅沢を言えない。
幸い、洞くつ内の空洞は浅く、一番奥まですぐに着くことが出来た。入り口が大きく開けているためか、一番奥は非常に薄暗いが周囲が見えないことも無い。あと、幸いなことに最も奥にはわき水が湧いていて、水には困らなさそうだった。
『先客』の痕跡も無く、中はごつごつした岩しかない。
僕は安心すると共に、彼をこの洞くつに運び込むことにした。
すこし、肌寒いのが気になるが、文句を言っていられる状況でも無いので、僕は急いで行動に移した。
彼を洞くつに運び込むと、さすがに気を失っている人にこの気温は辛いだろうと、来ていたコートを脱ぎ、彼の体にかけてやった。
コートを脱ぐとやはりすこし肌寒い。たき火がしたい。そう思った僕は、枯れ枝を求めて、彼を置いて外に出ることにした。
幸い、今は昼だが、夜になるとたき火ないのは辛い。僕は枯れ枝を求めて森の中を彷徨った。
そして、僕が腕に抱えるだけの枯れ枝を森から集めて洞くつへ帰ってくると、気を失っていた彼が目を覚ましていた。
気まぐれにBLファンタジー小説を連載することにしました。
ちなみに更新はめっちゃ気まぐれです。そのうちまとまった量が書けたら、なろう系とかに投稿するかもしれません。
まあ、わかんないけど……。
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第1話 喪失
『どうか――幸せになってね』
遠くかすかな優しい声が聞こえて、僕は眠りから覚めた。
「ここ……は」
かすれた声が他人事のように自分の喉から発せられた。
目の前には蒼穹。雲一つない青い空。
草のこすれる音が聞こえて、風が緩やかに肌をなでていく。
体が重く、うまく動けない。不自由な体でゆっくりと起き上がる。
「ここは、どこ?」
見覚えのない場所だった。視界の先には草に覆われた大地がどこまでも続くように見え、左に遠くかすかに森が見えている。
どうして、僕はこの場所で倒れていたのだろう?
目を瞬かせて周囲を見渡すものの、見覚えのあるものや、ヒントになるものは存在しない。
やわらかい草の上から起き上がり立ち上がる。
なにがなんだかわからない。わからないことすら、わからないわけではないが、それでも混乱するには事足りる出来事だった。
ここはどこだ。いまはいつだ。僕はどうしてここで倒れていたんだ。
そう、大体――……。
「――僕は誰だ?」
そうして、僕はやっと、『自分の記憶が大きく欠落している』ということに気が付いた。
広い草原の中、僕はふらふらと歩いていた。
行く当てなどない。大体、ここがどこかもわからないのに、目的地なんてあるはずもなく。だが、いつまでもここにいるわけにはいかないと思い、歩き出した。
とりあえず、見えていた森のふちに向かって歩く。草原のど真ん中だと、あまりにも目立って外敵に見つかるかもしれないと思ったのが理由だった。
あとは食料の問題だろうか? 森に行けば、食べられる草や実があるかもしれないという一か八かの賭け。そんなかすかな希望を持ちつつ、森の方向へと歩く。
体ひとつで倒れていたものだから、所持品も何もない。身に着けている衣服と装飾ぐらいが自分の持ち物だ。
肌触りが良い黒いフードのついたコートの下に、布素材の白いワイシャツ、赤いリボンネクタイ、黒いパンツあとは、革素材のベルト。
あとは、装飾品。金色のチェーンと緑色の透明な鉱石のペンダントに、金属製の腕輪が両腕に一つずつ。あとは、シンプルな素材の違う金属の指輪が右手に3つ、左手に3つ。
これらで、すこしでも自分の出自や立場がわからないかとも思ったが、記憶の無いポンコツな頭ではどうしようもないらしい。
僕はため息を吐いて、また歩き出した。
森が近づくにつれて、なにやら不穏な予感が頭をよぎった。
かすかに焦げ臭い。そして、今向かっている森より左側の草原のから遠目に煙のような物が出ていることに気が付いた。
「なんだ? 風に乗って臭いがここまで運ばれてきてるのか?」
僕はこのまま草原にいることは危険な気がして、森へと足早に向かう。そして、草原から森へ入ると、木々の影から煙の様子を伺った。
煙の方向をよく見ると、ぽつりぽつりと簡素な鎧を着た人らしき存在が数人見えた。
何をしているのだろうと注視すると、衝撃的な物が見えた。
倒れ伏した何かに向かって、鎧の人間は槍をふりかぶっては何度も倒れたなにかに突き刺して嗤っている。
倒れたなにかというのは、まぎれもない人間だ。
返り血を浴びながら、嗤い、他者を殺しても止まらないその残虐性に、思わず僕は後ずさる。
これは、見つかるとマズいことになりそうだ。とりあえず、ここから離れなければならない。
が、草原の方に歩くのは愚策だろう。あまりに目立ちすぎる。
ここは多少危険でも森の中を進むことにしよう。と、足早にその場を去った。
森の中はうっそうとしていて視界が悪く、進むたびに体力が削られていくような気がする。
それでも、まだまだ体力的には余力があるのが救いで、僕は蔦や草に足を取られないよう、注意しつつ進んでいた。
そんなときだ。微かに人が呻くような声が聞こえたのは。
俺は驚いてその方向をみるが、草や木々が邪魔してよく見えない。
僕はどうするか一瞬悩んだ。なにしろリスクがありすぎるからだ。
それでも、もしかしたら、何かの予感があったのかも知れない。この先にいる何かに僕の何かを変えるような何かがある気がして……。
僕は意を決して草を掻き分け、呻き声の主を探すことにした。
呻き声の主は案外あっさりと見つかった。
すこし開けた小さな広場のような場所で、推定年齢15歳くらいの少年が木の幹に体を預けて、気を失っていたのだ。